いま再びの「ようこそ、新人さん!―未来の「出版」について思うこと(ほんのひとこと)
- shuppankyo
- 6 日前
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たとえばいま、電車内で「本」や「新聞」を手にしているひとを見かけることはほとんどない。本も新聞も「紙」にかぎっては売れてはいないのだ。ゆえに出版社、新聞社の売上げ低迷は推して知るべし。
SNS等の普及により他者とのコミュニケーションは簡便になった。興味ある情報に囲まれ、似た考えのひととつながり、考え方が偏る。自己とは異なる考えや価値観に触れる「機会」は失われるばかりである。
書店にある多様な本に接することは、異なる意見があることを知り、幅広い考え方を受け入れる下地になる。少なくなったとはいえ、読書や活字文化を大切に考えるひとたちはいる。そのひとりが弊社に入ったO氏だ。本がもつ魅力とはなにか。熱い想いはどこから生まれるのか。新人編集者O氏に直撃取材した。
■出版界について
刊行点数の多さ、返本率の高さなど、日本の出版をめぐる動向について、ある程度知識としては知っていましたが、実際に現場に身を置いてみて、「こんなに厳しいのか!」と具体的な数字で思い知らされる瞬間がありました。企画を考えながら、採算を合わせようと数字をあれこれいじってどうにもならず、頭を抱えてしまうこともしばしばです。
物流の危機と本の定価をめぐる議論が本格的に語られるようになっていますが、編集者一人ひとりも、企画ごとの帳尻を合わせてよしとするだけでなく、どういう価格や部数でどのように販売していくことがこれから持続可能な道なのか、中長期的な目線で業界のあり方そのものを模索しないといけないのだろうと思っています。
■編集者について
編集者とは何か、と考えて、真っ先に思い出されるのが、故・鶴見俊輔の言葉です。哲学者であり雑誌の編集者でもあった鶴見は晩年、「編集者というのは、人に尽くす仕事でしょう。だから愉快なんです」と語っていました(『戦争が遺したもの』新曜社)。多作な書き手でもあった鶴見が、自分のものではない、他人の言葉を読者に届けることを、より「愉快」な仕事として振り返っていることに、一つの編集者の理想的な姿を感じます。
「本づくり」と言っても、編集者は作者ではないので、仮に自分がいなくてもその書き手は別の形でその文章を世に送り出していたかもしれない。ただ、ほかならぬこの形でその一冊が世に出ることには自分が確実に貢献している。そんなささやかな自負を持てる、「愉快」な本づくりを目指していければと思っています。
■「本をつくること」の面白さ、大変さ
一人出版社の本も大手出版社の本も、対等な商品として同じ土俵に立たされる、というのが、出版の一つの面白さだと思っています。まだ醍醐味や苦労を語れるほど刊行点数を重ねられていませんが、担当した本が出来上がって店頭に並ぶのを見届けるときには一冊一冊ごとに格別の喜びがありました。
その一方で実際に携わって分かったことは、一冊の本ができるまでの過程には、一読者が想像する以上に多くの時間を要することです。彩流社ではDTPから校正まで各編集者が基本的に一人でこなしているので、作業量もさることながら、頭の切り替えや時間配分には毎回苦労しています。これを複数の企画について同時進行でこなして、安定した刊行ペースにつなげていけるかが、私にとってまだこれからの課題です。
■なぜ異業種から出版界へ
前職ではNPOで映像教材の制作や市民講座の運営などを担っていました。企画ごとに監修者や講師といった外部の方と相談を進めていく、というプロデュース的かつサポート的な役割という意味では、編集職と相通ずるところがありますが、映像も講座も、形は違えど、その瞬間が勝負、という「生もの」的なところがあると思います。
他方、本というのは、作られ方においても受け取られ方においても、もっとスローで、何十年あるいはさらにその先まで形に残るところに特徴があると思います。自分が何かを調べたり考えたりするとき、一番頼りにするのは本で、映像の取材や講座運営をやりながらも、貴重な話が聞けると「本にすればいいのに」と思うことがたびたびありました。より意義を感じる仕事ができるチャンスと思い、転職した次第です。
■2025年以降、未来の「出版界」をどう見るか
1980年代後半生まれの私にとっては、「出版」といえば「不況」の単語が四字熟語のようについてまわるのが常でしたが、それでも、いまやさらに深刻な「出版危機」の時代にあると認識しています。
ただ、その一方で、「読書」に関する本が相次いで話題となったり、手作り本「ZINE」がブームになったり、と本をめぐる話題は尽きず、本の文化は消えないだろう、という意味では楽観もしています。
イタリアの思想家グラムシにならって、「危機」を、古いものが死につつあるのに、新しいものが生まれることができずにいる状態、ととらえるならば、本の文化の新しい形がいまある出版界から出てくるのか、まったく別のところから生まれるのか、いずれにしても、旧来の存続とは違うあり方が求められているのだと思います。
●出版協副会長 河野和憲(彩流社)

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